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ブス推しOLの観劇記録

友達に「生理的に無理」とまで言われる私の推しが世界一かわいいことを証明するブログ

【もののふ白き虎】大楽の斎藤追加台詞はループからの解放

もふ虎大千秋楽おめでとうございます!
巷では「綺麗な西田作品」(綺麗にもいろいろあるからね)(こう見えて愛情です)と呼ばれたり呼ばれなかったりしているこのもふ虎、別の子目当てに行ったのに、死ぬほど泣かされたのは大千秋楽の斎藤の「土方さん、ありがとうございました!」でした。もふ虎がループものだとすると、この台詞は確実に解放のトリガーだなあと思うので、その話をします

舞台「もののふ白き虎」は、白虎隊の生き残りである飯沼貞吉新選組の生き残りと言える斎藤一が、明治の世に昔話をしながら酒を呑む物語です。
基本的には、貞吉の語りに斎藤が口を挟んだり質問をしたりしながら進んでいくので、途中まではすべて貞吉目線になります。

物語冒頭で貞吉は、斎藤に手紙を送った理由を「土方さんに届けたかったのですが、叶わぬもので」と説明しています。つまり貞吉は土方が死んでもう二度と会えない存在であることをわかっているわけです。
そんな誘いに応える形で昔話に、どこか積極的に付き合う斎藤。貞吉は、ここから先の話は本当は土方に伝えたかった話だと明らかにした上でそれを斎藤に託しており、それを斎藤も納得して受け入れています。
貞吉が、白虎たちの最期を土方に聞いて欲しかったのは、土方が酒宴の時に言った「本気で戦った奴は同志だ」という言葉のせい。土方に憧れて名前を覚えてほしがっていた仲間たちの、生き様を伝えようとしたからです。

ではなぜそれを斎藤に託すのか。

それは貞吉の「同じだと思ったから」という台詞からわかるように、斎藤も託された人だからです。悌次郎の「土方さんならどっちを選ぶと思う?」という問いかけに「お前だよ」と答える貞吉は、悌次郎と土方を重ねていた。悌次郎に死ぬなと言われて死にきれずに生きている自分のように、斎藤も土方のせいで死に損なったのではないかというのが、貞吉の予想だったと思います。そしてそれを「傷の舐め合い」という言葉で茶化しながら、しかし否定はしない斎藤。斎藤にも、自分と貞吉は似ているところがあるという自覚はある。誠の羽織を掛けて死にに行く土方の姿の知らないだろうに、貞吉の予想は当たっているわけですね。

では反対に斎藤が、「悌次郎の言葉だけは、伝えてやらなきゃならんと思った」のは何故か。
貞吉と自分は同じだと思っていたからです。
憧れていた相手が自分を残して死にに行く時、お前は生きろと言われるその気持ち。誰よりもわかっている自覚があったからです。

(さらっと「憧れていた」って書いちゃったけど斎藤が土方に憧れていたことは間違いない。その証拠に貞吉の語りの中の土方の姿を斎藤は一切見ようとしません。でも同じ時間に居合わせている設定の時はすごく良く見ている。軽々と人を斬っていく土方をさんざっぱら見つめたあとで言う「気に食わないんでね、その上からが」が、どんなに嬉しそうに響いているか、斎藤にはきっと自覚がない)
(「お前も土方か」の「も」は、白虎たちのことでもあるけど、自分のことでもある)


一歩進んで、では自分の姿を重ねていた貞吉に悌次郎の言葉を聞かせてやったのは何故か。それは貞吉に生きていいんだと許しを与えてあげたかったからだろうなと思います。「結果から言えば、お前は生きてるわけだから」、そんな死に損ないみたいな顔しなくていいんだよと言ってやりたかったんじゃないかな。ということは、貞吉を解放することで、斎藤自身も擬似的に許されたかったということなのではないでしょうか。

物語の最後、清々しく笑う悌次郎の姿を見て、貞吉は確実に解放されています。そしてそれまで立ち入れなかった思い出の中の仲間たちと肩を抱き合います。もふ虎が貞吉の物語であるとするならば、このシーンはまさしくクライマックス、カタルシス、大団円(みんな死んでるけど)。観客も散々貞吉に感情移入してるので、もう、よかったね;;;が止まらないわけです。

でもね、待てよと。
それで本当に斎藤は救われたのかしら?

貞吉が悌次郎に憧れていたように、悌次郎も貞吉に憧れて、嫉妬までしていた一方、
土方は既に死んだ近藤を「大好きなんだ」と現在形で語り、あくまで「新選組副長」と名乗り、最後は(近藤が頭である新選組の象徴である)誠のだんだらを背負って死んでいくわけで、
斎藤、全然眼中にない!!
貞吉にとっての悌次郎は斎藤にとっての土方にはなり得ないのです。それを、死に行く土方に言葉を掛けられても顔も上げられずに俯きながら実感するんだと思う。何度語ってもやっぱり救われないなあと思いながら、酒で少しだけ濁った思考を振り払うように「散歩でもして帰る」斎藤。それを21公演ずーーーーっと繰り返すわけですよ。そりゃ、酒でも呑まないとやってられないよね。よく気が狂わなかったよ。それだけ、貞吉のことも助けてやりたいと思っていたんだろうなあ

そして、ついにやってくる大千秋楽です。

土方が最期に斎藤に掛ける「生きろよ」という言葉はいつだってあまりにも軽いんです。そんな深い意味とかないよ。土方が何気なく言ったその言葉に、斎藤はいつもならば、顔も上げられません。あんなに飄々としてリアクション過多な斎藤が、あのシーンだけは唇を噛みしめることしかできない、はずだった。

だけど千秋楽は違いました。斎藤は、土方の顔を見て、正座をして、頭を下げながら、「土方さん、ありがとうございました!」って言ったんです。思い出の中に土方に、初めてリアクションをしたところか言葉を掛けたよ。土方はそれでも斎藤の方を見なかったけれど(だって思い出の中の人だからね)、斎藤が土方に言葉を渡すということが大切なのだ。21回繰り返してもできなかったことが、初めて出来ました。貞吉を解放するばかりで何も救われなかった21回とは明らかに違う1回。ああ、今初めて、斎藤も許されたんだな、と思います。

ただし頑固者の斎藤ですから、故人の希望通り「副長」なんて呼んでやりませんよ。呼ぶ名前は「土方さん」、それだけ。副長ではなく、局長でもなく、名前にさんだけ。その小さな抵抗が、ああ土方のことを忘れるつもりはないんだな、と思わせてくれます。

貞吉を通してではなく、たとえ思い出であろうとも自分から土方に感謝を告げた瞬間、斎藤にとってのもふ虎ループは終わるのです。
その解放の瞬間を、見届けることができてよかったなと、ただそれだけを思います。

21公演と1公演にはそれくらいの違いがありました。斎藤はこれからの人生を、きっと土方の思い出を背負って生きていくのだと思う。その背中に、まだ誰かが憧れていけば、いいなと思います。